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by Lucy Kent
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野菜スティック

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このところ食べすぎなので、ブランチはシンプルに野菜スティックです。クリームチーズにニンニク、レモン汁、塩コショウを混ぜ混ぜ、刻んだパセリをのせたディップにつけて頂きました。
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by lucykent824 | 2013-04-29 14:23 | Home Cooking&Recipes | Comments(0)

トルタロッソのパン

今朝はトルタロッソの美味しいアスリートブレッドとバケットを頂きました♪

国産小麦使用、無添加・無着色のパンで多くの有名ホテルでもトルタロッソのパンを扱っているので皆さんもホテルでのお食事のさいに召し上がったことがあるかもしれませんね♪

特にバケットとクロワッサンに関しては、フランスで食べたものがあまりにも美味しくて。。それ以来パン屋さんでどんなに美味しそうなバケットやクロワッサンを目にしても、なかなか手を伸ばす事が出来ずにいましたが、これは実に美味しい!!

アスリートブレッドの法は、朝食やおやつで食べているパンをアスリートブレッドに切り替えるだけで、手軽にたんぱく質を多くとることができるタンパク質強化パン。アスリートはもちろん、今日はちょっとタイトなスケジュール。。ハードワーク。。そんな朝にこのパンをいただきスタミナを持続!!

どちらも食べる前に自然解凍しておけばOK!買い置きしておいて好きな時に美味しいパンを頂く事が出来ます。他にも病院向けのパンやユーザーからのリクエストでカロリーを抑えたパン、胚芽パン、減塩パンなどの開発をしているトルタロッソ。次はクロワッサンを食べてみようかな♪

ALFEEの高見沢さんのメタルカレーパンもトルタロッソが作ったんですよ ;-)

http://www.torta-rosso.jp/

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by lucykent824 | 2013-04-19 08:46 | Comments(0)
今日は『はじめの一歩』の日。

江戸時代の商人・測量家、伊能忠敬は足かけ15年をかけて全国を測量し大日本沿海輿地全図を完成させた偉人。その第一歩が1800年の今日4月19日。

千葉県九十九里町に生まれ、18歳の時に酒造家伊能家の婿養子となりますが、傾きかけていた稼業を立て直すどころか、かなりの財産を築いたのだそうです。やがて50歳を迎え、家業を全て長男に譲ります。その後は隠居するのではなく、幼い頃から興味を持っていた天文学を勉強する為に江戸へ。。天文学の第一人者、高橋至時の門下生となります。年齢や階級などを重んじる時代に、自分より30近く年下の高橋至時の弟子入りをしたのですからプライドよりもその向上心の強さに驚かされます。昼夜問わず猛勉強しているその姿に彼は「推歩先生」と呼ばれるようになったそうです。

オランダの書物から地球が丸いということを知ってはいたけれど、大きさはよく分からない。地図を作るため、1800年4月19日、55歳の忠敬は江戸を出発、第一歩を踏みました。まずは蝦夷地へ。。当時は幕府の許可が必要。地図を作るという名目で許可はおりたものの、援助なし。しかし、彼はそれまでしっかり働いて財産を築き上げた人。自費で計測の旅へ。。悪天候の日もあれば、危険な場所も・・それでも果敢に歩み。1815年2月19日、すべての測量を終えた時は忠敬70歳。各地の地図を一枚に繋ぎ合わせ完成させる前1818年、73歳の時、その生涯を閉じます。しかし、高橋景保(高橋至時の息子)や弟子たちは彼の死を伏せて、伊能忠敬が作ったものとして1821年に完成させました。結果完成した地図は、極めて精度の高いもので、ヨーロッパにおいて高く評価され、明治以降国内の基本図の一翼を担ったそうです。

人間は夢を持ち前へ歩き続ける限り、余生はいらないby伊能忠敬

15年以上かけて歩いた距離4万キロ。つまり地球を一周した伊能忠敬。彼は地図だけではなく、いくつになってもチャレンジするそのスピリットを私達に残してくださいました。老若男女、伊能忠敬のように今日も学問に。。お仕事に邁進しましょう!

素敵な一日を♪ Have a lovely day!
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by lucykent824 | 2013-04-19 07:36 | History & Art | Comments(0)

旧岩崎邸庭園

東京散歩

昨日は4月13日は、日本初の喫茶店「可否茶館(かひさかん)」が開業した日を記念した『喫茶店の日』湯島にある「可否茶館(かひさかん)」のモニュメントを観に行き、その写真をご紹介しましたが、せっかく湯島へいくのですからその周辺をお散歩しながら歴史ある建物を楽しんで来ました。

コースは:
御茶ノ水駅 ニコライ堂からスタート、神田明神、日本最初の喫茶店発祥の地「可否茶館」、不忍池、弁天島、旧岩崎邸庭園、上野公園の西郷隆盛像、アメヤ横丁。

中でも常々行きたいと思っていた旧岩崎邸庭園へ。

武士から実業家に転身、極貧から一代で三菱財閥を築いた岩崎弥太郎の長男で3代目の岩崎久弥が、明治29年(1869)に、イギリスの建築家ジョサイア・コンドルに依頼して建てた邸宅。当時は20棟もの建物が並んでいたそうですが、現在は3分の1の敷地となり洋館・撞球室(ビリヤード場)・和館の3棟が残されています。
ジョサイア・コンドルは、鹿鳴館、三井倶楽部やニコライ堂などを設計。ヨーロッパ建築を日本に紹介し日本近代建築の発展に指導的役割を果たした人物。

建物内の撮影は出来ないのですが、金唐紙とよばれる豪華な壁紙や暖炉、柱やバルコニー、窓の周りにも細やかなデザインが施されている上品な内装。2階に上がると広々としたバルコニーから庭園を見渡す事が出来ます。1階にあるサンルームには岩崎久弥の家族が揃った写真があり、そこには岩崎弥太郎の妻、久弥の母、喜勢の姿も。洋館と続いている和館は、当時から残る日本画、広間には「御茶席」があり、お抹茶(和菓子付)や「白玉ぜんざい」なども頂く事が出来ます。また岩崎家の人々が室内楽を楽しんでいたという往時を偲んで、「午後のミニコンサート」も開催されているそうです。http://www.tokyo-park.or.jp/event/2013/02/post-29.html

住居としての和館。そして、洋館は岩崎家の集まり、国内外からの賓客の宿泊やパーティーに使用されていたそうです。御屋敷や広いお庭を見渡していると、本や映画/ドラマ等で学んだ当時のイメージが頭の中で膨らみます。重要文化財に指定されている旧岩崎邸庭園。大切に思う気持ちを持って、また訪問したく思います。
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http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/outline035.html

http://www.mitsubishi.com/j/history/series/index.html

旧岩崎邸庭園
(きゅういわさきていていえん)
営業時間9:00-17:00
料金入園料:中学生以上400円(320円)、65歳以上200円(160円)
住所東京都台東区池之端1-3-1
千代田線 湯島駅1番出口より徒歩3分
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by lucykent824 | 2013-04-14 12:54 | 江戸散歩 | Comments(0)

コーンビーフハッシュ

今朝はCorned Beef Hashコーンビーフハッシュ。
昨夜、湯船につかっている間に発酵、寝る前に焼いておいたパンと一緒に頂きました。
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☆小さくダイス型に切ったじゃがいもをかために茹ででおく。
☆フライパンにバターで細かく刻んだ玉ねぎを香ばしくなるまで炒め、じゃがいもを加える。最後にコンビーフを加えて、ほぐすように炒め塩胡椒で味付けるだけ。
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by lucykent824 | 2013-04-14 09:36 | Home Cooking&Recipes | Comments(0)
1888年の今日4月13日は、日本初の喫茶店「可否茶館(かひさかん)」が開業した日。
それを記念して4月13日は喫茶店の日なのだそうです。

今日はオフ。その日本最初の喫茶店発祥の地にモニュメントがある事を知り、どうしても行きたくなり。。いつ行くの?今でしょう!すぐにGo!しました。

場所は地下鉄・湯島駅近く、中央通りに面した三洋電機の東京ビル。
創始者は鄭永慶(別名・西村鶴吉)。長崎で代々唐通事の家に生まれ、11歳のとき北京にて支那語を、その後、京都の仏語学校で仏語を、そして渡米、エール大学でも学んだ英仏支トライリンガル。帰国後は外務省官吏,英語の教師をつとめ、自らの語学能力を活かして学校建設も考えていたようでしたが、アメリカ留学中に、庶民が自由に交流できる場であるコーヒーハウスを見て、それを日本でもと明治21年(1888)「可否茶館」を開業。

2階建ての建物の1階にはビリヤード、トランプ、碁、将棋等えお揃え、2階には新聞、雑誌類、和漢洋書等を揃えた喫茶室。1杯2銭の牛乳よりも安い1銭5厘で提供。パンやカステラなども提供していたそうです。
東大の学生などもひいきにしていたようですが、経営は芳しくなく、土地を手放さなければならなくなり、明治25年閉店。アメリカ・シアトルに移り住みますが、明治27年シアトルで病気のため亡くなりました。
喫茶店に入った時のコーヒーの香りは癒されます。
今ではコーヒー・ショップはいたるところに点在し、手軽にコーヒーを頂く事が出来る。慌ただしくテイクアウトをしたコーヒーを片手に仕事場へ向かう事もよくあります。たまには少し早めに家を出て「喫茶店」で新聞や本などを読みながら、香りに癒されながら美味しいコーヒーをいただく。そんな時間も大切ですね。

「可否茶館」日本最初の喫茶店発祥の地:
東京都台東区上野1-1-10
(三洋電機株式会社東京ビル脇)
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せっかく湯島に来たのだから・・他にも常々行きたいと思っていた場所へも行って来ました。今日はかなり長いお散歩をしてきましたのでこれから湯船で足マッサージ♪ 
続きはまた明日♪
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by lucykent824 | 2013-04-13 20:58 | 江戸散歩 | Comments(0)

江川太郎左衛門英龍

今朝は春とは思えない風の冷たさにびっくり@@;しましたが、太陽が眩しい朝。晴天の東京からおはようございます♪

今日はパンの記念日。

1842年の今日4月12日、伊豆韮山代官の江川太郎左衛門英龍が兵食用として焼いたパンが日本で始まて作られたパンと言われています。

当時としては最高の教育を受け、特に剣術に長け、更には蘭学(洋学)、高島秋帆から砲術を学び、西洋砲術の普及に努めた人物。ペリー艦隊が来航して幕府に開国を求めて来た時、江戸の直接防衛のために品川台場に様式の海上砲台を建設。2度目の来航のさい品川沖まで来たペリー艦隊、この砲台のおかげで横浜まで引き返したそうです。全国の藩士にもその西洋砲術を教育。その中には佐久間象山や桂小五郎(木戸孝允)などの名前もあるそうです。
黒船来航、清とイギリスとの間でアへン戦争がおこり、日本も、いつ外国の軍艦に攻められるかわからない、本土防衛戦になったら、握り飯では戦えない、火をおこせばその煙で敵に居場所が分かってしまう。そこで江川太郎左衛門はパンに着目。長崎のオランダ屋敷の料理方として製パン技術を身につけた作太郎の協力のもと、韮山の江川邸にパン焼き窯が構築され、作られたのがはじまりなのだそうです。
勝海舟が幕臣でありながらニッポンの国のため、と考えていたように、幕府保守派のなかで国防のためと考えていた江川太郎左衛門英龍。『パンの日』と言う記念日からまた一人のヒーローについて学べた事に感謝。

江川太郎左衛門英龍→ http://bit.ly/ZcTOFd

今日は午後に少し時間が空くので、江川太郎左衛門英龍への敬意を表してパンを焼くことにします。

TGIF!素敵な一日となりますように♪
Have a lovely day!
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by lucykent824 | 2013-04-12 12:08 | History & Art | Comments(0)